森語 - 生かぬよう、死なぬよう、だらしなく生きている。

忘れるように、忘れないように

告別式も終わり、遺品の整理をしたり、あとからやってくる弔問客と話をし…と死の儀式はたんたんと遺族にはある種の事務的な手続きであるかのように過ぎていくのである。
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ある種、事務的であることによって、死の悲しみを忘れられるかのように儀式が定期的に行われる。仏教なのだろうけど、死後49日に行われる儀式の準備などをしているのだけど、49日まではなにかと忙しく過ぎていく。なんだかもっとも哀しい時間を見計らったようにこの期間は決められているような気がするのである。7週間であり、1176時間。これらの儀式は悲しみを忘れるように、そして故人を忘れないようにきわめて巧みにできている。
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いつも思うのだけど、人間はずっと哀しい瞬間の中に居続けることはできない。お通夜の席でも告別式でも親戚含めてなんだかんだと笑いあったりしている。その笑える時間を少しでも増やしていこうという試みに挑戦するわけである。
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実際に、ボクも最期の数日間の少し辛そうな父の顔より、それより遙か以前の元気にいろいろ話していた父の姿を思い浮かべるのである。
亡くなった当初はその病室での表情ばかりが頭に浮かんで、それなりに落ち込むわけであるけれども、そんな精神状態ばかりを続けていることができなくなるわけだ。一瞬自分が薄情なヤツだと思って自己嫌悪に陥ったりもするのだけど、どうもそうではなくて、回復の装置みたいなものがあって、元気な頃の父の言葉を思い出して苦笑したりするのである。
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ま、いいオヤジだった。残念。

投稿者: mori 日時: 2007年04月20日 19:28 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

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